私と東北
d0009068_28472.jpg

お久しぶりです。実に一ヶ月ぶりの日記…。
こんなに描かなかったのはスタジオで働いてたとき以来でしょうか。
最近は日記を書いては途中でとじ、途中でとじしていました。
…別にあげたくなかった訳ではなくて、なんとなく自分の中でも気持ちがはっきりしなかったので
中途半端な日記をあげてもなぁ、みたいな感じでとじでました。
もうせっかくなので、思いの丈を全部描く事にしました。
お時間がある方はもし良かったらお読みください。

ここ一ヶ月はみんなで(最大は十人以上で餃子会かな)ご飯を食べたり、
出来るだけ時間を大切にしようと感じたり、
震災の実情を知って涙が勝手に流れたり、大きな震災が東京に来たらどうしようか…、
放射能汚染の事を考えて夜眠れなくなったりとかいろんな事がありました。
滞っている結婚式の準備も残す所後一ヶ月を迎え、正直ちょっと焦っています。
展示会を控えているのにまったくイメージがわかなくてほんとどうしたんだろうと思ったりしていました。
楽しいイメージが全然わいてこなくて、悲しい物を描いても私も嬉しくないなと思い、イメージしては捨て
自分が何を描きたいのかも見えなくなりそうで怖くなりました。

なぜそう感じたのかというと、震災では、一時に多くの人や動物たちが亡くなりました。
今も徐々に失われていく命が沢山あるのだろうと思います。
誰かが突然いなくなるという怖さを、沢山の人が感じているという事が私はとても怖かったからです。
私も五年前に父を突然死でなくしました。
あれから五年経っても心の中にぽっかり穴があいたまま寂しい時も悲しい時もあります。
ずっと納得したり、片付けたりはできないままです。
現地の人が、こんな思いを抱えたまま、自分たちの環境や生活と対峙しなくてはならないと感じたら
私はとても耐えられないと思いました。
私はどうしようもなく無力だと感じました。


この一ヶ月間、自分なりに出来る事は何だろうと模索しました。
仕事を続けながら、家で作業をしながら、友人たちと一緒にいながら。
私はみんなと一緒にいる、この世界が好きです。
多くの人にとってもそういう物であってほしいなといつも思っています。

ここで本題にいきたいと思います。
題名の”私と東北”ですが私は大学生時代を東北の山形で過ごしました。
私は山形にいくまで東北の事はほとんどといっていい程知りませんでした。
けれど、東北に行った事が私の人生の中でとでも重要だったと今でも強く感じています。

18歳で初めて東北山形に行きました。
それまでは何の不自由も無く親元でのんびり暮らしていた私にとっては初めての一人でしかも
見知らぬ土地、とても不安でした。
暮らしていくたびに都会との違いもまざまざと見えてきました。夜は真っ暗だし、冬はとてつもなく
ゆきが深くなる。
東京だったらきっと休講になりそうな日もちゃんと授業がありました。
私には知らない事がたっくさんあるのだなーと気づかされる毎日でした。
友達が一人二人と増え、暮らしも楽しくなってきた頃、”私はこの場所で何が出来るのだろうか”と
いう疑問が沸々と私の中にわき上がってきました。
何も言う事なく、暖かく迎えてくれた、もう一つのホームと呼べる場所。
ここにきた事はきっと何か意味があるのだろう、けれど、それは何だろう?と感じていました。
例えば、絵を描くアプローチでいえばもちろん風土を他の土地の人に伝える事で
其の役割を果たす事も出来るのかもしれない、という事もありますが。
果たしてこれが最も良い方法なのかな(もちろんもっといろんな方法があるでしょうけど)
という気持ちがありました。
わからない事を、わからないままにするのはとても嫌な気持ちだったので、とりあえず沢山の人に出会い
意見を聞いてみる事にしました。
人の意見はもちろんさまざまでした。やる事に反対された事も、賛同してくれた人も両方ともいました。
沢山の話を聞きながら、自分でやってみられるだけの事をいろいろとしてみました。
わざと自分には荷が重いような事もやってみました。

私の尊敬する先輩からはごはんを通してコミニュケーションをとる事の大切さを教えてもらいました。
先生からは人と協力して何かを作り上げる事の大切さ、人が力になるという事を教えてもらいました。
命をかけてそれを見せてくださった方もいらっしゃいました。
東北の自然からはおいしいご飯と、美しい原風景を沢山見せてもらいました。
こんな所で人がいろんな事を考えながら育つなんて、何て幸せな事だろうと思いました。
私は後ろを見る余裕も無い程、走りながら、模索しました。
結果は体調を崩したり、失敗したりと散々なものでした。

けれど、何にもなくなったのかと思った私にも、沢山の物が残りました。
というよりも結構あとになって気づいたのですが…。
やっぱり人でした。
元気が無い時もぽいーんと肩を叩いて励ましてくれる、そんな存在でした。
ずっともやもやもやもやしていたのは、そんなことを与えてくれた運命の土地の東北に対して
今の私が出来るとことは、やっぱり絵を沢山描いて空気を伝えること。
一人でもすこしでも笑顔になってもらえるような暖かい絵を描く事だろうと勝手に思いました。
そうしてすこしづつお金でも、力でも送って楽しく毎日元気に暮らす事。
具体的には今月の17日から始まる展示会で売る絵のお金を義援金に充てたいと思っています。

あ、そうだ今更なんですがなんでかえるなのかというと。
かえるは空気と水が綺麗な所にすむ田んぼのある日本の象徴的な生き物です。
私は勝手に描きながらかえる=命だと思って描いていました。
私はずっと家族が喜んでくれるから絵を描いていました。
けれどちょっとの間描かなくなっていました。
せっかくなので、また描いていこうと思います。
もっと広い意味での家族のために。もちろんそれは自分のためです。

今の私は、仕事や自分の生活に追われ、作品を作り、みんなと過ごしながらまだまだ模索しています。
ながくてすみません!
ねよっ
[PR]
by marblefrog | 2011-05-06 03:20 | ヒビ | Comments(3)
Commented at 2011-05-06 06:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ぶどうやさん at 2011-05-07 19:46 x
えぇね♪えぇよ♪そのまま行きんさいやぁ♪
わしも<<故郷>>だいすきじゃが!
Commented by anzutann at 2011-05-11 01:15 x
ななしさん>いつもありがとうですー。
メール返しておきますね。

ぶどうやさん>生まれた所ばかりが故郷では無いですよね、いろんな故郷があって私は幸せだなぁとつくづくおもいます。
すこしでも出来る事をがんばろうと思います。
<< 今日はイベント!裁きの庭 20日 >>



杏丹の日々のもろもろ
by marblefrog
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
メモ
フォロー中のブログ
影的日々/Lost Moon
あさざの池
mon petit la...
ナチュロコ
流線型のカモメ
最新のコメント
ありがとうございます~ヽ..
by marblefrog at 21:07
りーて・らとばりた・うる..
by ぶどうやさん at 20:31
大事にしていこうと思いま..
by anzutann at 02:12
つづいていくってすばらし..
by Ko13 at 07:39
QUILTさん>どうもで..
by anzutann at 14:59
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧